教員はどんな採点をしているのか

木偏の縦画をはねると✖にする教員が、小学校・中学校ともに半数以上いるとは驚きである。

国の考えとして、「木」の縦画をはねていいことは、当用漢字字体表(昭和24年)・まえがき・〔使用上の注意事項〕に例示されていた。その考えはそのまま受け継がれて、常用漢字表(昭和56年)・前書き・(付)字体についての解説 にも例示され、平成22年の常用漢字表の改訂でもそのまま受け継がれた。このように「木」の縦画をはねてもいいことは、戦後一貫して国としての見解が示されていた。そうであるにもかかわらず、その考えが教員に伝わっていないのである。


「天」の二本の横画のうち、上の横画を短く書くと✖にする教員がこんなにもいる。

私は大学生の時に、レポートの中で「天」の上の横画を短く書いていたために(意識してそう書いていたわけではない)、書き直して再提出させられたことがあった。その当時、私は「天」の上の横画を短く書いてもいいことを知らなかったので、書き直し再提出したが、妙なことをいう先生がいるものだ、という思いがあって今でもよく覚えている。


「女」の二画目(ノ)の頭を三画目(一)の上に突き出さないと✖にする小学校の教員が30%以上もいる。

私の知り合いの小学校の校長は、常用漢字表の前書き・(付)字体についての解説 に「女」の二画目の頭を突き出さなくてもよいことが例示されていることを知って驚いていた。校長はずっと二画目の頭を突き出さない字を✖にしてきたという。日ごろ新聞などで我々が目にする機会が最も多い明朝体では、ほとんど二画目の頭が突き出ていない字形であるが、その字を間違いと思っていたのだろうか。それなら、なぜ間違った字が一般的に使われているのだろう、と疑問に思わなかったのだろうか。


両アンケート結果から手偏の縦画をはねないと✖にする教員が、小中高ともに80%近くいるようだ。

私は常用漢字表の改訂のときに、扌(てへん)の縦画をはねなくても誤りではないことを、(付)字体についての解説 に例示するようにという意見を出した。その意見がどう議論されるのか見たくて、文科省で開催された常用漢字表の改訂を審議する漢字小委員会を2回傍聴した。私の意見は、漢字小委員会で最後の最後まで議論となったが、「学校教育の指導の中で配慮する」という教育学者の意見などがあって、結局例示は見送られた。小中高の80%近くの教員が扌の縦画をはねないと✖にするという現状があるのだから、「学校教育の指導の中で配慮する」では、そのままの状況が続くことは目に見えている。そんなことが分からないのかと、あきれてしまった。漢字小委員会でどのように議論されたか興味のある方は、文化庁のホームページで第42回漢字小委員会(平成22年4月23日開催)の議事録をご覧いただきたい。

 


両アンケートから日本の小中高の教員の80%近くは、糸(いとへん)の下を三点で書いた字を✖にしているようだ。

日本の小中高の教員には、どうして糸(いとへん)の下を三点で書くのかということが、全く理解されていない。


台湾でも日本と同じように採点基準の問題があるようだ。同じ漢字でも台湾と日本では普段見ている字形が違い、正誤を判断する基準が変わってくる。漢字を採点する者は、いろいろな字形のあることを知らなければならない。


 どうしてこんなにも漢字の採点では、「本来は問題にしなくてよい漢字の形状における細部の差異が正誤の基準とされたりする」(指針・第1章・1)のだろう。それは漢字が表意文字であるからである。漢字にしてもアルファベットにしても、手書きすれば厳密には同じ形状になることは絶対にないが、英語ではこのaの形状が変だから✖、このbの縦線の部分が短いから✖、などということはまずない。それはアルファベットの形状が漢字と比較して単純であるという理由からではなく、英語ではアルファベットの組み合わせ、すなわち単語のスペルが正しいかどうかで正誤が判断されるからである。それに対し漢字は一字一字が英語の単語に当たり、漢字の形状は英語のスペルに相当する。だから細部の差異が問題にされるのである。

 しかし、やはり教員にも問題はある。

 常用漢字を教えていながら、常用漢字表の(付)字体についての解説 を見たことがない教員が、残念ながら多くいる。漢字のことはよく知っている、特別な勉強は必要ないと思い込んでいるのだろう。こういう不勉強な教員の責任は大きいが、これまでこうした状況を助長してきた出版社・漢字検定協会、こうした状況があることを承知しながら放置してきた国、そして適切な正誤基準を示せなかった学界の責任の方がより大きい。

 「常用漢字表の字体・字形に関する指針」は、すでに各都道府県の教育委員会等に通達され、教育委員会が各学校に通知しているが、これまで「とめ・はね・はらい」等の細部にこだわった指導をしてきた教員からの反発の声は聞かれないという。しかし、ネット上には「初めから大体でいいよと教えるのではなく、やはり初めは正しく止めはねを覚えてほしい」「受験での採点基準もたしかに子を持つ親として気にはなるけど、それ以前に自分の子供には、とめ・はね・はらいをいい加減に覚えてほしくない」「驚いた。最初はしっかりとした字形を教えて、その後、個人的に崩すのは構わないと思うけど。正しい形をきちんと覚えなくてどうするの?」「子が小4の時、特に厳しい先生で、わずかに引っ付いていない、わずかに跳ねているように見える、等で✖をたくさんつけられていた。悔しがり、これくらいいいやん!と怒る子に、先生は一つ一つとても丁寧に見て採点してくれてるんだね。良い先生だね、と言ったら子も、本当だ、すごくしっかり見てくれてるんだ、と納得してくれて、それから漢字に力を入れるようになり、中学生の今、文字を書くのが大好きで、とてもきれいな文字を書きます。あの時、あの先生が担任で良かった、と子は言っています」などといった、反発する親の声が多く載っている。中には「『木』の真ん中は全体を支える幹で、土から生えてる姿だから、はねてると倒れないかな?とも思うわけで、成り立ちを考えるとはねないかなぁ」というような意見まであり、これまで学校で正しく教えてこなかったつけを、今後教員は支払っていかなければならない。このような考えを持つ親が納得できるように、正しいことを説明できる学力・見識が教員には求められることになる。これからは教員免許を取得するときに、漢字に関する科目を必修にするなどの対策が必要になるだろう。