漢字の○、✖を決めるポイント 

 

 私は高校の教員だったので、書き取りの採点をすることは日常的なことだった。そんな私が漢字の正誤を判断する基準について研究するようになったのは、原田種成氏の新潮選書『漢文のすゝめ』(1992年)を読んでからである。それ以前から私は感覚的に「漢検の答案用紙に記載されている、扌(てへん)の縦画をはねなければ✖という基準は間違いだ」と感じていたが、原田氏の本を読んで私の感覚が正しいことを確信した。(漢検の扌の縦画をはねなければ✖という基準は、1985年以前からあったと思う。私は1985年に新潟県の教員になった。そこで漢検と出会い、妙な基準だなと思ったことを記憶している。)その後、原田氏の他の著作や江守賢治氏の著作などを読んで、少しずつ研究を進めてゆき、人に説明できるように、感覚的だったものの論理化を模索していった。2008年(平成20年)8月、私は新潟の県民新聞である新潟日報の「私の視点」欄で初めて漢検の基準の誤りを指摘した。すると、何とその直後に漢検協会事件が表面化する。マスコミは例によって理事長・大久保昇とその息子の副理事長・浩の金銭的なスキャンダルを取り上げるだけで、こちらの方がよほど深刻な問題なのだが、漢検の誤った基準が学校教育に甚大な悪影響を与えていることにはまったく目を向けなかった。そこで私は2009年(平成21年)3月に漢検協会に直接手紙を送り、基準の訂正を求めた。漢検協会は迅速に対応しなかったが、一年以上たった2010年(平成22年)度第1回検定で漸く答案用紙に記載されている基準を訂正した。




その間の事情、経緯をまとめたものを、私は全国漢文教育学会が編集・発行する『新しい漢字漢文教育』第54号(平成24年5月発行)に漢字検定と漢字教育」として発表した。その論文で、扌の縦画のはねのあるなしは正誤を判断するポイントにはならないことを述べたが、その後、はねのあるなしで別字になる漢字もあるので、その必ずはねなければならない数少ない漢字を明確に示さない限り、とめはねにこだわる小学校や中学・高校の漢字指導はなくならないと考えるようになった。そこで私は常用漢字2136字を様々な基本要素(構成要素)で分類してみた。それが新潟県高等学校教育研究会国語部会『国語研究』第60集(平成26年3月)に発表した「『士』と『土』の書き分けについて」と「資料」である。その分類を基にして、漢字の正誤を判断するポイントを四つに絞って説明したのが、『新しい漢字漢文教育』第57号(平成25年11月発行)に発表した「漢字の正誤を判断する観点」であり、第59号(平成26年11月発行)に発表した「漢字の正誤を判断する観点(二)」である。(常用漢字表の(付)字体についての解説では、「主」の点は斜めに書いても縦にまっすぐ書いてもいいというようなことまで例示している。そんな当たり前のことを除くと、重要なポイントは四つになる。)またこの二編の論文では、漢字の正誤を判断するときに誰もが持っていなければならない共通認識についても論じている。この共通認識をこれまで明確に示した著述はなく、この共通認識を明示したことによって、初めて漢字の正誤を判断する基準が包括的なものとなった。この二編の論文を発表したことが影響したかどうかは分からないが、2016年(平成28年)2月に文化審議会国語分科会報告「常用漢字表の字体・字形に関する指針」が発表され、漢字の正誤を判断する基準について、国としての見解が示された。今後この指針を熟読し理解する教員などが増えていけば、漢字の細部にこだわる誤った漢字指導は是正されていくことになるだろう。だがこの指針には説明が不足しているところ、明確な見解が示されていないところ、それに明らかな誤りさえもある。(「常用漢字表の字体・字形に関する指針」は2016年2月29日に答申(報告)され、当日報道発表もされたが、4月30日に三省堂から書籍として出版されるまでに字形比較表を中心に相当な修正があった。その過程で報道発表の段階では正しかった箇所が、書籍として出版されたときには間違ったものになっているというミスがあった。次に例示するP42・2章・4・(2)・アの「隹」「言」などがそれに当たる。すぐに気づいて修正するだろうと考えていたが、いつまでたっても修正されないので、2020年10月に電話で修正するように要望した。今後修正されるはずである。ネットでは文化庁→国語施策・日本語教育→文化審議会国語分科会→報告・答申等→常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)(平成28年2月29日)とたどっていくと、最新のものを見ることができる。ただ「常用漢字表の字体・字形に関する指針」と検索すると、最新のものではないのが表示されることがあるので注意が必要である。)それらの点を明らかにするために、私は『新しい漢字漢文教育』第65号(平成29年11月発行)に「漢字の正誤を判断する観点(三)-『常用漢字表の字体・字形に関する指針』について」を発表した。しかし、掲載していただくために元の論文を半分以下に削ったので、発表した論文には十分に意を尽くせなかったところがある。そこでここには『新しい漢字漢文教育』に発表したものではなく、その元の形の論文「『常用漢字表の字体・字形に関する指針』について」を公開することにした。


  「常用漢字表の字体・字形に関する指針」の誤りの例。

          (誤りは3例の他にも相当あります。)





 私がこのホームページに、これまで発表してきた論文を公開したのは、ただただ学校で正しい漢字教育がなされてほしいとの思いからである。学校で正しいことを教えずに、子どもたちはいったいどこで正しいことを教わることができるのか。ぜひこのささやかなホームページが多くの教育関係者の目に留まり、正しい漢字教育がなされることを願うばかりである。

 

 

論文・資料をダウンロードしてご覧ください。

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漢字検定と漢字教育.pdf
PDFファイル 4.9 MB
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漢字の正誤を判断する観点.pdf
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漢字の正誤を判断する観点 (二).pdf
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『常用漢字表の字体・字形に関する指針」について(1~10ページ).pdf
PDFファイル 6.8 MB
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「常用漢字表の字体・字形に関する指針」について(11~19ページ).pdf
PDFファイル 5.9 MB
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「士」と「土」の書き分けについて.pdf
PDFファイル 5.9 MB
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資料.pdf
PDFファイル 7.0 MB

小学生向けの漢和辞典も変更されています

「接」の点を「まっすぐ、つく」ように書くことや女の三画目を「すこしだす」こと、「天」の下の横画を「みじかく」書くことが、「正しく字をおぼえるため」に「だいじなこと」であると書いてあります。ということは、そう書かなければ正しい字ではない、✖だと言っていることになります。


「正しく字をおぼえるため」が「きれいな字を書くため」に変わりました。正しい字ときれいな字とは、まったく別の基準です。私が三省堂と何度か手紙をやり取りし、三省堂がこう変えましたが、「きれいな字をかくため」に必要と思われないことも多く書かれています。これまで「正しく字をおぼえるため」にといって、漢字の正誤とは無関係なことまで書いてきた三省堂(他の出版社にもいえる)の責任は非常に大きいと言わざるを得ません。他の出版社の辞典の記述も同じように変わっています。